小江戸川越バーチャル散策
~4つのストーリーに隠された謎。きっとあなたは導かれる~
カップル編
優香里とは大学のサークルで知り合った。
第一印象はどことなく人見知りだったけど、話してみると意外に気が合った。少し天然なところもある彼女だが、何気ない話の折々に聡明さも感じられて急速に気になり始めた。でもデートらしいことはしたことがなく、今日は友達のインスタで見た川越へ行こうと、初めてふたりで遊びに行く日だ。
横浜からやってくる彼女と渋谷駅で待ち合わせ、副都心線で川越へ向かった。
「川越って横浜から乗り換えなしで行けるのね。」
白いフレアスカートにスニーカーを履いた彼女が言った。キャンパスではいつもパンツスタイルなので、ちょっとした清楚さに新たな一面を見た気がした。
「ねぇ、悠成、着物が借りられるショップ、確かこのあたりだったと思うけど。あっ、あのお店じゃない?」
雰囲気のよい川越の町並みを着物で歩いてみない?———と提案したのは僕だが、ネットで全部調べてくれたのは優香里だった。川越駅から少し歩いた、クレアモールという商店街にあるレンタルショップで浴衣を借りて、そのまま蔵づくりの町並みへ向かった。
初夏の青く澄み渡った空に重厚な蔵づくりの店舗が映えて、初めて見る川越の町並みは僕を圧倒した。
「なんかすっきりしてる風景だなと思ったら、ここ、電線がまったく無いよね。」
伝統的な色柄の浴衣を選び、髪をハーフアップにした彼女が言う。差し色の赤い帯がとてもよく似合っている。近くの観光名所、「時の鐘」にも寄り、スマホで自撮りをしていると浴衣姿が珍しいのか、外国人に一緒に撮影を頼まれてしまった。和服はふだん着慣れないせいか、最初は何となくふたりともぎこちなかったが、情緒ある町並みを歩いていると、自然と風景に溶け込んでいく自分たちに少し晴れがましささえ感じた。
15分ほどゆっくり歩き、氷川神社に向かった。ここは「縁結びの神様」として知られ、カップル向きのいろいろなイベントを行っている。今は色とりどりの風鈴を回廊に飾っていて、SNSでもフォトジェニックな写真がたくさんUPされていた。
「わー、きれい。風鈴がたくさん!」
境内を時折吹き抜ける風に揺らされる風鈴は、まるでそれを義務的に託されているかのようにリズミカルに、なんとも涼やかな音色を奏でている。
ところどころに設けられた縁結びにまつわる縁起物を撮影しようと、子供のように無邪気になっている優香里。素足に下駄をはいた彼女がいつもよりずっと可愛らしく見える。
たわいない話をしながら路地をぶらぶら歩くと、川越で有名なお寺、喜多院に着いた。国の重要文化財がある客殿に入ると、「徳川家光誕生の間」や「春日の局化粧の間」を見ることができた。建物内の薄暗さと床のきしむ音に歴史の重みを感じずにはいられない。優香里とひそひそ声で奥に進むと優美な庭園を見られる縁側に出た。
「なんか修学旅行で京都に来たみたい。」
よく手入れされた庭の景色に見入って客殿の縁側にたたずむ彼女の着物姿は、まるで旅行パンフレットの写真のようだ。
初夏の蒸し暑さと慣れない着物姿だからか少し歩き疲れたので、駅方面にもどる途中で「あかりや」という甘味処で休憩をする。やはりSNSで優香里がチェックしていた店だ。
「このお店、じつは母の日にネットであんみつを贈った店なんだ。かき氷も美味しいらしいよ。」
店内はすでに観光客で賑わっていたが、窓際の席に座ることができた。名物のあんみつも美味しそうだけど、ここはやっぱりかき氷ということで、黒みつと煉乳がたっぷりかかったものと、定番の宇治金時を頼むことにした。
「はやく食べないと溶けちゃうよ。」
食べることよりむしろ目的はこっちと言わんばかりに、インスタ映えするかき氷を熱心に撮影する優香里。そんな彼女を眺めながら、和風の店内に浴衣姿がとてもマッチしているのに気が付く。本当に川越っていうところは和服がよく似合う町だ。
レンタルした着物を返却する時間までにまだ余裕があるので、クレアモールを歩くことにした。ここは商店街だが、自分たちと同じような着物姿の若者も結構いるのに少し驚く。にぎわう通りはファッション系のお店が多く、都内で見かけるブランドショップもある。
古着屋だろうか。アーリーアメリカン調に装飾をほどこした店先にどこかで聴いたことのあるフォークソングが流れている。
♪~Oh,Yes, It’s True. You Can Find Out The Truth On The Wooden Board.
通りがかりの白髪の男性が懐かしそうに口ずさんでいた。
「あなた、この曲好きだったわよね。」傍らの奥さんとおぼしき女性が微笑みながら言う。 ふたりとも手にスケッチブックをかかえていた。
「そういえば、この通りの裏に、川越八幡宮っていう縁結びの神社があるんだって。行ってみない?」すっかりウィンドウショッピングを和服姿で楽しんでいる優香里が言った。
「でも、わたしたち何回、縁結びしなくちゃいけないんだろうね。もう祈願しなくてもいい気がするけど。」
その言葉が良い意味なのか悪い意味なのか、よく分からないけど、色白の彼女の頬にすっと差したうすい紅色は流行りのメイクだとは思えない気がする。
今日は二人で川越に来られて本当によかった。